小玉神詞(こだまのやしろ) 同(木代)村にあり。この地の生土神なり。
染文に日く「弘治三年三月岡信茂再興」。
祠に、弘治三年祭礼式・永禄元年修正会法則おのおのー章。
嘉吉・文明・明応・天文年中施入文数章を蔵む。










走落神社(はしりおちじんじゃ) 豊能町木代1556
旧社名は小玉神社であったが、明治40年(1907)近隣の九社を合祀して現社名となった。
吉井良隆氏(前西宮神社宮司)の『式内社調査報告』 では、 伝承によると、大永3年(1528)に式内社走落神社から分離して、小玉神社、走湯天王社が建立され、更に走落ち神社も後に藤森神社と改められ、この3社が明治40年の村内神社の全部の合併により、かつて分離したこの3社も再び同殿内に鎮座することになったので、社名を走落神社と改めたという。
しかし、『攝津志』『摂津名所図会』などから、大永の遷宮は誤伝で、嘉吉(1441)以前に在ったことは間違いない。 と指摘している。
井上正雄氏の『大阪府全志』によると、この地は貝川三位長乗の本地で、切畑・大円の開発などの管理に家士36人があたり、木代36人衆と呼ばれ、その中の年長者10人が祭祀に当たり、刀禰・神主・行司を各2名、年寄4名とした。
弘治3年(1557)3月名主岡信茂が再興し、承応3年(1655)3月に社殿造営。
明治11年2月火災により幣殿・拝殿を失い、明治27年本殿を造営。
明治40年に村内神社9社を合併す。
八幡神社木代字福田応神天皇
天武天皇宮余野字幣ノ木天武天皇
素盞鳴尊神社余野字左近ノ前素盞鳴尊
八幡神社余野字本タク応神天皇
八幡神社野間口字宮ノ前応神天皇
氷川神社川尻字中ノ森素盞鳴尊
八幡神社川尻字北ノ森応神天皇
藤森神社切畑字藤ノ森素盞鳴尊
走湯神社切畑字稲荷ノ森少彦名命



拝殿 旧藤森神社の拝殿を移築。


幣殿 旧小玉神社の本殿


本殿 旧藤森神社の本殿を移築。
   祭神:天照皇大神・建速素盞鳴尊・少彦名命・五十猛大神・水波能売神
      白山姫神・応神天皇・天武天皇・竹内宿禰命・稲倉魂神


地主社 大地主神


秋葉神社 秋葉大神


八幡宮  主神:八幡大神 相殿:大原大明神・大同大明神・金比羅大権現・出雲大神










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