待兼川(まちかねかは) 玉坂村の東にあり。むかし玉坂里に容顔麗しき女ありけり。近隣の里より男恋ひ慕ひ、夜毎に山を越えて通ひ、わりなき中となる。ある夜かの男疑ふ心ありて垣の外にしのんで佇みけるを、女しらず、待宵の時うつりぬるを悲しく思ひてかくなんよみける、
    待ちくれてうつつに見えし面影の夢もつれなき山風の音
男みそかに聞きてなおも互ひの思ひふかく、人目も恥ぢずかよひければ、世の人の嘲りとなりぬ。
これを二人ともうらめしく思ひて、つひに麓の川へ身を投げ空しくなる。今は川の名に昔を遺す。
    『夫木』  夜もすがらたまりて積もる涙かなこやまちかねの山川の氷  俊頼朝臣

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