霊林寺旧址(れいりんじのきゅうし)伊丹坂の乾にあり。武雄郡鷲木寺(じゅうりんじ)と一双の寺院なり。今古礎少々あり。



史跡・摂津伊丹廃寺跡公園  伊丹市緑ケ丘4-48
昭和33〜40年(1958〜65)の発掘調査で、大和の法隆寺と同じ伽藍配置をもつ奈良時代の寺院跡であることがわかった。
礎石は早い時期から持ち出されている。
調査の結果、平安時代にいったん焼失したあと再建され、鎌倉時代の終わりまであったと思われる。

北門 西門
復元された金堂の基壇(東側) 東西20m、南北16m。 復元された塔の基壇(西側) 一辺12.7m。


講堂は北側道路をまたいで、陸上自衛隊中部方面総監部の敷地にまたがっている。

塔の心礎跡。

発掘時の塔基壇。瓦積みの基壇で、南面に階段を1基設けている。
礎石はすべて抜き取られていた。
塔と金堂の間だから九輪・風鐸などの相輪が出土したことから、
塔が東側に倒壊したと見られる。
水煙(すいえん) 昭和33年(1958)に畑の耕作中に発見され、
廃寺調査のきっかけとなる。

 












 
 奈良時代の蓮華文軒丸瓦  塔相輪部復原模型(伊丹市立博物館にて展示)
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