姫島(ひめしま)大物の一名なるペし。『夫木集』摂津。一説、豊後。『類聚』摂津。契沖『吐懐編』に摂津と定む。
 『万葉』
      和銅四年、河辺宮人、姫島の松原に嬢子の屍を見て悲欺みて作る
     妹が名はちよに流れん姫しまの小まつがうれに苔むすまでに
    『族古今』      見わたせばしほ風寒し姫しまや小松がうれにかかる白浪      中務卿親王
    『夫木』      ひめしまの小松がうへにゐる田鶴はちとせふれども年老いずけり      鎌倉右大臣
 『日本紀』云ふ、
  安閑天皇二年秋九月、別に大連に勅して日はく、宜しく牛を難波の大隅島と媛島の松原に放つペし。冀くぼ、名を後に垂れむ。
 『摂津風土記』云ふ、
  比売島の松原は、昔、軽島豊阿伎羅の宮の御宇天皇の世、新羅の国に女神有り。
 その夫を遁れ去り、筑紫国岐伊比売島に来り住む。
 すなはち、日はく、この島はなほ遠からず。若しこの島に居らば、男神尋ね来たらん。
 すなはち遷り来てこの島に停まる。ゆゑに、本住める所の地名を取りて、もつて島の号と為。



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