幣久良神社(みてぐらのじんじゃ) 耳原村にあり。
鍬靱。『延喜式』に出づ。生土神とす。今稲荷大明神と称す


明治年間の明細帳によれば、嶋下郡耳原村字百舌鳥野に鎮座とあります。
「耳原誌」(1879)には、
幣久良神社(みてくらのかみのやしろ) 村社。延喜式内の古社なり。社地東西6間、南北45間、此坪270坪、祭神倉稲魂命鎮座、祭日は9月9日を以てす。社地に雑木生ず。毛受野の山と云う。本村の北方にあり。  
  別社・・・本村の西方幣久良山の麓にあり。稲荷神社と称す。祭神は倉稲魂命。祭日は9月9日を以てす。  
  別社・・・右同所にあり。清森稲荷神社と称す。祭神は倉稲魂命。祭日は9月9日を以てす。   
  別社・・・右同所にあり。幣久良山稲荷神社と称す。祭神は倉稲魂命。祭日は9月9日。
該別社鎮座三所の社地は東西9間、南北40間。此坪360坪、即ち村社の別社なれば同神を祭れり。 瑠璃光院伽藍地古趾(るりこういんがらんちのこし) 本村の北方字毛受野の山にあり。方今古仏薬師如来安置の小堂のみ聊か存す。余は畑となる。


幣久良神社は『延喜式』神名帳に出てくる式内社で、 明治41年(1908)2月24日に同じく式内社である阿為神社(あいじんじゃ)に合祀されました。


文化3年(1806)に作成された『山崎通分間延絵図』に履中帝陵脇に稲荷社が描かれています。


元禄11年(1698)に幣久良の森から百舌鳥野小松原に移りました。
鼻摺古墳(左)と耳原古墳(右)の間、住宅建築が進んでいる辺りが小松原となります。


白髭大明神 大正11年4月健之   耳原公園
小松原に遷る前には幣久良山にあり、その旧地に石碑が建立されています。
HOME > 巻之五 島下郡
inserted by FC2 system