茨木(いばらき) また茨城と書す。町名二十四、島下郡都会の地なり。交易の商人多し。
茨木城は福富氏始めて築く。中頃中川清秀居城し、その後片桐東市正且元(いちのかみかつもと)ここに居城す。



茨木城址(いばらきじょうあと)


茨木市立茨木小学校(いばらきしりついばらきしょうがっこう) 茨木市片桐町8-40
小学校北部に茨木城の本丸があったとされ、大和郡山市小泉の慈光院に移築された茨木城櫓門を1993年に原寸大で復元。
正門の土塀にある校名は古田織部が好んだ織部焼で作られています。



片桐氏茨木城址 
茨木城者片桐氏所冶也且元初仕?豊臣氏有功累進列宿老慶元之際東西有釁也且元使?駿府雖折衝大?而及午弋起則真迷去就進退依違如闕其高明然者所以或称忠或呼姦是非之論紛紛也且元頗通?經済貨殖之道在其大阪也財政不滞云而就封土也薄書不乱由是者之非其尋常常武弁可知也文禄四年旦元初受封於北地元和元年子孝利移城午和川其間凡二十年矣頃町之有志作片桐會蓋所以敬慕其郷賢也今茲適逢 大禮乃欲建碑請記余仍録之
 正六位勲六等天坊幸彦撰  従七位勲七等岡市正人書


茨木神社東門(いばらきじんじゃひがしもん)  茨木市元町4-3
茨木城の搦手門を移築したものとされています。
門扉や扉脇に縦格子があり、この格子から矢や鉄砲などで迎撃できる構造は「大坂冬の陣図屏風」に措かれた惣構の門の中にも見えます。


茨木神社西方に残る石垣

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