新町橋は、寛文12年(1672)、新町遊廓東側の通路として西横堀川に架けられていた。廓の中心の瓢箪町筋にあり、市内側への唯一の通路のようになっていたことから、「ひょうたん橋」とも呼ばれていた。 遊廓は、西鶴・近松らの作品の舞台になり桜の名所でもあり、橋の東は、道頓堀の繁華街ともつながり、この橋の上にまで夜店が並び賑わった。 明治5年9月には橋長12間(21.8メートル)幅2間余(3.6メートル強)の鋳鉄製構アーチの鉄橋に架け替えられた。しかし反りのきつい橋であったため明治8年に改造がなされ、その後、昭和2年6月に都市計画事業で鉄筋コンクリート製のアーチ橋に、昭和46年頃、西横堀川の埋め立てにより姿を消した。 平成7年3月 |
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