『後拾遺』 | わたのへや大江の岸にやどりして雲井に見ゆる生駒山かな | 良暹法師 |
『夫木』 | 船呼ばふ声もおよばずなりにけり大江の岸のさみだれの頃 | 長俊 |
『堀百』 | さみだれは日数ふれどもわたのへの大江の岸はひたらざりけり | 隆源法師 |
この地は江戸時代には八軒家と称し淀川を上り下りの三十石船の発着場として、さらに古くは渡辺といい紀州熊野詣での旅人の上陸地として栄えた。 また大江山の鬼を退治したといわれる渡辺綱はこの地を支配した摂津源氏一族の出身であり、『地獄門』で知られる遠藤盛遠が袈裟御前を見初めたのもここに架けられた渡辺橋の渡りぞめの時のことと伝える。 楠正行がこの橋からなだれ落ちる敵兵を救いあげ衣料を与えて国へ帰してやったという美談は明治初年わが国が万国赤十字に加盟のとき伝えられて感銘を与えた。 昭和45年5月 牧村史陽識 |
『八軒家の今昔ー熊野街道のはじまり』 八軒家浜船着場開講記念・熊野古道世界遺産登録記念 顕彰碑を店頭に持つ永田屋昆布本店がリールレットを発行されています。 |
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