日本橋(につぽんばし) 道頓翻堺条に架すなり。これ紀泉二州の喉口にして常に往来繁し。
両橋爪の市店、橋下の船かまぴすく、橋の南九町を長町といふ。この辺旅舎(やどや)多し。
中にも七丁目河内屋が家はいと広くして数百人を宿す。六丁目には毘沙門堂・三九郎稲荷あり。
この町筋、傘・団扇・唐櫛・猿屋が餅・流戸竹駕(くもかご)多し。
あるが云く、この通り長町にあらず。実は那古(なご)町なり。古の那古浦なり。
今に今宮より鮮魚調貢(ちょうぐ)の例あるも海浜によるなり。










日本橋(にっぽんばし) 道頓堀川に架かる橋、および周辺の地域名称。



江戸時代には紀州街道の一部でもある堺筋に面して旅籠が立ち並び、長町と呼ばれていた。


大乗坊(だいじょうぼう) 大阪市浪速区日本橋3-6-13
真言宗西明寺末寺
長町の毘沙門堂として親しまれ、本尊の毘沙門天は、信貴山・鞍馬山・北山本山寺と並んで日本四毘沙門天の1つに数えられていた。




 
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