順慶町の夕市(じゅんけいまちのゆふいち) は四時たえせず。タ暮より万灯てらし種々の品を飾りて、東は堺筋、西は新町橋まで両側尺(せきち)地もなく連りける。
これを見んとて往きかへりて群をなしその好みに随ふて店々にこぞる。
衣服あり、道具あり、袋物あり、櫛笥(くしげ)あり、玳瑁(たいまい)・珊瑚(さんご)・馬瑙(めのう)の類玲瀧(れいりょう)として、その隣には盥(たらひ)・小桶(こをけ)・飯櫃(いひびつ)・雷木(れんぎ)・杓子(しゃくし)・いかき・篩嚢(すいのう)・按板(まないた)・臥杵(よこつち)・衣砧(うちばん)の品々、その次には神棚・仏器、その向ふは草履(ぞうり)・足駄(あしだ)・五分駄(ごぶたか)・日和下駄(ひよりげた)・棕套(しゅろくつ)・紙草履(かみぞうり)・釘靴(つなぬき)の類、陶器店には今利(いまり)焼・印部(いんべ)焼・六兵衛茗瓶(ちゃびん)・宝山天目(ほうせんてんもく)・行平鍋・印花白甌(そめつけちゃわん)・尾張焼樹陶(うゑきばち)の諸品、また野菜店には際りなく、五月の頃の早松茸・寒冬の孟宗笋(もうそうたけのこ)までも双べ立てて売り声囂(かまびす)し。
飛鳥川の流れ早く、年の市はなほさら賑はしく、まづ蓬莱の飾物、何や榧売(かやうり)、穂俵(ほたはら)・裏白(うらじろ)・錺藁(かざりわら)、片店には新暦・毬打(ぎちょう)・羽子板・手鞠・門松売、梅匂ひ鶯きなく春にもなれば、年玉物のかずかず、朧月朦朧として桃の花ほころび、柳桜をこきまぜて錦と見ゆる弥生の雛店、紙離・衣裳雛・雛の御殿に右近桜・右近橘、御随身・衛士の篝火煌々(かがりびこうこう)たり。
さて端午の前には染幟(そめのぼり)、紙幟・八幡太郎・武内臣・頼光(らいこう)・朝比奈・橋弁慶・牛若・金時・旗持まで威風凛々と錺(かざ)りける。 夏祭の大市も過ぎ、霊祭の典物(そなへもの)、盆の灯籠、切子灯店(きりこみせ)、重陽(ちょうよう)には菊の花・万菊・千菊品多し。これらを見んとて新町橋を行き過ぎて暁の鐘を聞くもあり。
それ、市は神農氏より肇めて立ちたまひ、本朝のむかし大内裏の御時、朱雀門の官市もこれよりは勝らじとぞ思はれける。
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