大河尻(おほかはじり) 淀川の汀、中村をいふ。
むかし京師より川船にて西海へ趣く時は、かならず舟をここに繋ぐなり。
光親卿の記に日く「寿永年中、五条大納言国納卿ここを領し、高倉上皇厳島行幸の時、行宮をここに営構す」と云々。
『土佐日記』云ふ「二月十六日水尾衝石のもとより出でて、難波津に来て河尻に入る」と云々。
『東鑑』日く「元暦二年十一月五日甲申、今日予州摂津国河尻に至り、翌六日大物浜において船に乗る」と云々。
家 集   渦のみおほ川尻のかたなればよもながらへはゆかしとぞ思ふ  俊 頼














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