野中観音(のなかのわんおん) 東高津野中にあり。遍明院と号す。世に難波寺といふは謬なり。この号は天王寺に限る事にや。
本尊十一面観音 僧正行基の作にして、長六寸三分。脇士、不動尊・毘沙門天。
この尊像、和州長谷寺の木尊と同木にて、悪七兵衛景清の守本尊なり。日向の宮崎にありしが、ゆゑありて江州三井寺知増院に移し、後世またここに遷すなりと寺記に見えたり。




難波寺(なにわじ) 大阪市生野区巽北1-7-18
臨済宗妙心寺末寺 月江山
聖武天皇の天平8年(736)秋8月、東大寺大仏開眼供養のため天竺から導師を、林邑から楽士を迎えるため、行基が高津に堂宇を建てたのが起り。
延宝6年(1678)妙心寺の棹同が再興。
大正13年(1924)に移転。



大坂観音三十三所
東高津野中観音 三十三所之内十三番 難波寺


本堂 本尊:十一面観音 丈6寸3分の行基作と伝える坐像で、平景清の念持仏という。


難波寺型手水鉢


墨掛地蔵尊


不動尊


上野梅塢碑(うえのばいう) 書家
藤沢南岳 撰文
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