稲荷神祠(いなりのやしろ) 加島村にあり。この辺の産土神とす。
例祭九月二十三日。土人曰く、神主加島権頭は狐狸の鬼犯人を除くの術を得たり。世に名高し。



香具波志神社(かぐはしじんじゃ) 大阪市淀川区加島4-4-20
『加島神社旧記』に村上帝の頃、童子が来て「此地早く神御影向なり。民戸の安きを得させたまふ」と告げたので、天徳3年(959)9月、倉稲魂・保食の2神を中心に創建、後に天照大神や稚産霊神、埴山姫神等を併祀、香具波志大神と呼ばれたとある。

『大阪府仝志』
 香具披志社は中央字上の町にあり、字賀御魂神・保食神・天照皇大神・埴山姫神・稚彦霊神を祀れり。社名は孝徳天皇此の地に行幸して「伊耶古梯母怒毘流都美邇和賀由久美知能迦見波斯」の御製ありしかば、其の香具波斯の句に依りしものなりと、夙に連歌殿の設あり、連歌田を賜はり、弘長年中には北條時頼諸国行脚のとき、此の地に来りて連歌に臨みしといふ。 摂津志に「稲荷神祠二座、一座在加島村」と記せる稲荷神祠の一は、当社を指せるなり。萬治元年三月三日火災に罹りて神殿・社殿・連歌殿等烏有に帰しければ、今の社殿は文久二年の再建なり。もと賀見波志大社と称し、後加島神社は加島大明神と唱へ、織田信長の時に稲荷神社と改めたりしも、明治維新後に至りては今の名に復す。 五ケ荘即ち三津屋・堀上・野中・今里・加島の産土榊にして、明治五年村社に列し、同四十二年六月一日神津村大字三津屋字北向の村社三社八幡神社(応神天皇外二座)・大字御幣島字宅地二の割の同住吉神社(住吉大神)、同年九月二十二日本地字住吉講天神の無格社天神社(大巳貴命)、同四十三年八月同天神社(菅原道真)を合祀し、同年十二月神饌幣帛料供進社に指定せらる。 境内は壱千参百弐拾七坪を有し、本殿・幣殿・神具庫・神庫・絵馬舎・社務所を存す。末社に天照皇大神社・王垂神社・厳島神社・住吉神社・蛭子神社・稲荷神社・岩木神社・天神者あり。 今の氏地は本地及び大字御幣島神津村大字三津屋にして、例祭は十月二十三日・大祭は三月初午の日なり。


神門

 
狛犬


拝殿


本殿 祭神:倉稻魂神・保食神・天照皇大神・稚産靈神・埴山姫神・住吉大神・八幡大神


岩木神社(いわきじんじゃ) 貞治元年(1362)楠正成の三男正儀が馬を繋いだ「駒つなぎの楠」と呼ばれる神木と、本殿の巌座として奉斎された石社を合祀。


八幡神社 応神天皇   三津屋に祀られた3社の内の2社。また、御幣島に祀られていた四柱相殿神社の末社の八幡宮を遷す。


厳島神社 市杵島姫神 当初、表門左の池端に祀られていましたが、池涸れのため昭和34年に移設。


皇大神社 天照皇大神・豊受大神 本殿右に祀られていましたが、明治42年に遷されました。


遙拝所


裏門

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