大日寺(だいにちじ)三番村にあり。古は讃揚(さんよう)と書す。中頃讃場(さんば)と誤り、今また略して三番村と書す。
真言宗中台山遍明院(へんみょういん)と号す。
本尊大日如来 弘法大師の作、座像二尺余。当寺開基年歴久遠にして詳らかならず。
中頃後醍醐天皇勅願所にて講堂魂々たり。兵乱に荒廃す。
聖天堂 本堂の傍にあり。長四寸、弘法大師作。一とせ回禄のとき煙中を飛び去りて恙なし。これを今の尊天の艇内に蔵む。
地蔵堂 本堂の東にあり。
護摩堂 弘法大師を安置す。本堂の傍にあり。
鎮守 宮島蛭子・猿田藷命を祭る。
影向石 鎮守の前にあり。ここに猿田彦、影向したまふ。
馬洗池 境内にあり。 延喜帝行幸の御時、ここにで駒を冷せし所なりとぞ。
当寺の縁起は寺職快真(かいしん)の筆なり。この人大師様の能書にして筆威妙を得たり。
什宝には菅神の筆の和歌、菅家御系図一巻。嵯峨・延喜・後深草三帝の宸影は土佐光信の筆。釈迦三尊仏は雪舟の筆。
三千仏の像は御室光源大僧正の筆。三十六歌仙は近衛前久公の真蹟。瓦硯は菅丞相の御所持なり。








三番村は現在の大阪市北区中津。
文禄年間片桐且元の検地によって寺領を収公されたという。宝永年間に伊川浄空が恵円を中興の祖として堂宇を再建。
「摂陽奇観」に、寛政8年4月大日寺開帳中境内にて紀州踊りが奉納されたことが見える。
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